こんにちわ Glennさん!
言葉(ことば)というのは、使(つか)わないと忘(わす)れてしまいますね。せっかく覚(おぼ)えた漢字(かんじ)も、使わないと忘れてしまいます。それは日本人(にほんじん)でも同(おな)じです。だから覚えた言葉を忘れないように、なんども使うことが大切(たいせつ)ですね。 :note:
日本人は小学校(しょうがっこう)でたくさんの漢字を習(なら)いますが、繰(く)り返(かえ)し同(おな)じ字を書(か)くことによって漢字を覚えてゆきます。また、教科書(きょうかしょ)に使われる言葉も、最初(さいしょ)はひらがなばかりですが、漢字の習い具合(ぐくい)に応(おう)じて徐々(じょじょ)に漢字が増(ふ)えてゆきます。習った漢字を何度(なんど)も繰り返して書き、また習った漢字が使われている文章(ぶんしょう)を読(よ)み、自分(じぶん)でも漢字を使った文章を書くことによって徐々に難(むつか)しい漢字を覚えてゆきます。日本人は義務教育(ぎむきょういく)の九年間(ねんかん)を通(つう)じて漢字を覚えてゆきます。日本人でも、二年(ねん)や三年ですべての漢字を覚えるのは不可能(ふかのう)です。皆(みな)さんもくせらずゆっくりと覚えてください。
日本語の練習はほとんどこのようなフォーラムで投稿したり日本語でのテレビやアニメを観たりします。
わたしがこのフォーラムに参加(さんか)しているのも、英語(えいご)を忘れないためです。アメリカの映画(えいが)もよく見ますが、聞(き)き取(と)りはとても苦手(にがて)です。

よく「日本語(にほんご)を教(おし)えてください」とか、「どうすれば日本語が上手(じょうず)になりますか?」と質問(しつもん)される方(かた)がいますが、わたしが思(おも)うには日本語で誰(だれ)かと話(はなし)をするのが上達(じょうたつ)の一番(いちばん)の方法(ほうほう)だと思います。だから、多(おお)くの方にこのスレッドに書き込みをしてほしいですね。

ちなみに、日本人は英語を義務教育として三年以上(いじょう)習いますが、ほとんどの人は英語を話すことが出来(でき)ません。普段(ふだん)英語を使う機会(きかい)がないからですね。私(わたし)も英語を話すことが出来ませんが。そもそも、日本の教育(きょういく)では英語での会話(かいわ)は重視(じゅうし)されませんので、く音(はつおん)も聞(き)き取(と)りもほとんど勉くしません。これでは英語の会話は無理(むり)?
追加:悪い日本語のところを教えて下さいませんか。特に不自然なところを。よろしくお願いします。
Akihabaraさんがすでに添削をしてくださっていますが、わたしももうくし突っ込んだ形で添削したいとおもいます。 :emblaugh:
Glennさんの文章(ぶんしょう)には、大きな間違(まちが)いがありません。文法(ぶんぽう)は正確ですし、単語(たんご)の使い方もほぼ正(ただ)しいです。ただ、不自然(ふしぜん)なところがあるのは確(たし)かです。でもそれは、日本人ならわかるであろう程度(ていど)の不自然さで、文章自体(じたい)に間違いがあるわけではありません。この不自然さが改善(かいぜん)されれば、Glennさんの日本語は日本人の日本語と同じになりますね。

まず最初(さいしょ)の不自然なところは、「どうしましたかね」。この場合(ばあい)は「どうしたのでしょうかね」がよいです。「どうしましたか」というたずね方は、特定(とくてい)の人物(じんぶつ)に対(たい)して直接(ちょくせつ)尋(たず)ねる方法(ほうほう)です。
たとえば、わたしが一ヶ月(いっかげつ)このフォーラムを休(やす)んだとします。もしGlennさんが直接私に休んでいた理由(りゆう)を尋ねる場合は、「どうしましたか?」もしくは「どうしていたのですか?」になります。しかし、もしGlennさんが他(た)の人に私のことを尋ねる場合「南木さんは休んでいますね、どうしたのでしょうかね」になります。
Glennさんのこの文章では、不特定(ふとくてい)多数(たすう)の人に対して話し掛(か)けています。直接誰かに話し掛けているわけではありません。だからこの場合は、「どうしましたかね」ではなく「どうしたのでしょうかね」のほうがよいのです。
次(つぎ)は「それにしても」です。この場合は、「それはともかく」や「それはさておき」がよいです。「それはともかく」や「それはさておき」は、今(いま)までの話題(わだい)とはまったく違(ちが)う話を始(はじ)めるときに使われる言葉です。「それにしても」は、今までの話題や人物に関連(かんれん)して否定的(ひていてき)な話をするときに使う言葉です。この文章では、最初の話題はフォーラムが寂(さび)しいという話題で、次が日本語チャットを始めようという話題です。前後(ぜんご)の文章には関連(かんれん)が�*(す�*)な�*、また後半(こうはん)の文章は否定的な文章ではないため、この場合は「それはともか�*」や「それはさておき」がよいのです。
また、「フォーラムが寂しいので日本語チャットを始めよう」という趣旨(しゅし)を表現(ひょうげん)する場合は、「というわけで」がよいです。この言葉は、前半(ぜんはん)の文章「フォーラムが寂しい」を理由(りゆう)として後半の文章「だから日本語チャットを始めよう」につなげる役割(や�*わり)を果(は)たします。
手紙(てがみ)の最後(さいご)に文章を追加(ついか)する場合、「追加」ではな�*「追伸(ついしん)」とするとよいです。
私から始まりましょうか。私はレベルをよ�*知らないんですが、四年間�*らいで勉�*しています。しかし、今は�*まり勉�*しません。日本語の練習はほとんどこのようなフォーラムで投稿したり日本語でのテレビやアニメを観たりします。そう思えば、漢字の勉�*を出直すべきかもしれませんね。私は日本語で話しようとしていて、皆さんも参加しませんか。お返事を待っていますよ。では、またね。
「私から始まりましょうか」は「私から始めましょうか」がよいです。人や動物(どうぶつ)が主語(しゅご)の場合、「はじめる」という言葉を使います。しかし、それ以外のものが主語の場合は、「はじまる」という言葉を使います。たとえば、犬(いぬ)が主語の場合「犬が走り始める」といいます。しかし、劇(げき)が主語の場合は「劇が始まる」といいます。今回の文章では「わたし」が主語なので、「はじめましょうか」が正しいわけです。
「四年間�*らいで勉�*しています」は「四年間�*らい勉�*しています」がよいですね。「で」という言葉は、場所や方法を�*らわすときなどに使われます。たとえば、「四年間�*らい学校(がっこう)で勉�*しています」とか「日本語の教科書(きょうかしょ)で勉�*しています」というぐ�*いですね。「四年間�*らい」は期間(きかん)を�*らわしているので、「で」という言葉は必要(ひつよう)�*りません。
「今は�*まり勉�*しません」は「今は�*まり勉�*していません」がよいです。「勉�*しません」では�*(つよ)い否定(ひてい)になり、「勉�*するのが嫌(いや)なので、決(けっ)して勉�*などしません」という自分(じぶん)の意志(いし)を�*�*�*らわす意味になります。「今は」という言葉から、以前は勉�*していたことがわかるので、この文章が過去(かこ)と比較(ひか�*)した現在の状況(じょうきょう)を説明(せつめい)する文章だということがわかります。だから自分の意志を�*�*説明する言葉ではな�*、現在(げんざい)の状況を説明するにふさわしい言葉が必要となります。「XXXしています」もし�*は「XXXしていません」は状況を表す言葉です。だからこの場合は、「勉�*していません」がよいのです。それに前の文章では「四年間�*らい勉�*しています」と、状況を表す言葉を使っていますね。続けて状況を説明することばをつなぐ場合は、同じ状況を表す言葉を使った方が自然になります。
日本語の練習はほとんどこのようなフォーラムで投稿したり日本語でのテレビやアニメを観たりします
長(なが)い文章なので難しいかもしれませんが、日本語では主語と述語(じゅつご)がうま�*つながるようにしなければいけません。日本語では主語が先頭(せんとう)に、述語は文末(ぶんまつ)に�*る場合が多いです。上記(じょうき)の文章でもそうですね、主語は「日本語の練習(れんしゅう)は」で、述語は動詞の「します」ですね。でもこの場合の主語と述語をつなげると、「日本語の練習はします」という不自然な文章になってしまいます。これを避(さ)けるためには、「日本語の練習として、私はこのようなフォーラムで投稿(とうこう)したり日本語のテレビやアニメを観(み)たりしています」と書�*のがよいですね。このように書�*と、「わたしはしています」というふうに主語と述語がきれいにつながります。
「そう思えば」という言葉より、「そう考(かんが)えると」の方がよいですね。「そう思えば」という言葉と「そう考えると」という言葉は、とても似(に)た意味を持(も)ちます。しかし「思う」と「考える」という言葉の違(ちが)いで語感(ごかん)が異(こと)なり、「思う」は多分(たぶん)に感情的(かんじょうてき)な理由で、「考える」は論理的(ろんりてき)な思考(しこう)で判断(はんだん)を下(�*だ)すことを意味します。「フォーラムで投稿したり日本語のテレビやアニメを観たり」はよ�*しているが、漢字の勉�*は�*まりしていない。だから「漢字の勉�*をすべき」だと考えるわけですね。これは論理的な判断なので、「そう考えると」の方がよいのです。
「勉�*を出直(でなお)すべきかもしれませんね」は、「勉�*をやり直(なお)すべきかもしれませんね」が正しいです。「出直す」、「やり直す」、「仕切(しき)りなおす」はほぼ同じ意味ですが、微�*(びみょう)に使われ方が異なります。この三つを詳(�*わ)し�*説明するのは難(むつか)しいですが、「出直す」は今までのすべてを捨(す)ててもう一度(いちど)初(はじ)めから始(はじ)めること、「仕切りなおす」は一時的(いちじてき)に中断(ちゅうだん)していたことをもう一度初めから始めることで複数(ふ�*すう)の人間がいる場合によ�*使われ、「やり直す」はもう一度初めから始めるという意味の最(もっと)も普遍的(ふへんてき)に使える言葉と覚えていて�*ださい。�*な�*ともこの文章では、Glennさんは今まで覚えた漢字をすべて忘れる(捨てる)必要(ひつよう)は�*りません。だから「出直す」は相応(ふさわ)し�*�*りません。また漢字を覚えるのはGlennさん一人ですので、「仕切りなおす」も相応し�*�*りません。だから「やり直す」がよいのです。
私は日本語で話しようとしていて、皆さんも参加しませんか
「日本語で話しようとしていて」は「日本語で話そうと思うのですが」がよいです。確(たし)かに何か行動(こうどう)を起(お)こそうとする場合、「XXXしようとする」という言葉を使うのは正しいのです。しかし、この文章の場合は自分のこれからの行動について他人(たにん)に伝(つた)えようとしているので「XXXと思うのですが」という言葉をつけなければいけません。
長文になってしまいましたが、がんばって読んでみて�*ださい。この文章を理解することが出来れば、皆さんの日本語もより上達すると思います。しかしこの文章、と�*に日本語の不自然さを訂正している場所は、とても難しいと思います。日本語の初心者(しょしんしゃ)には、すべてを理解(りかい)できないかもしれません。でも、それでもいいのです。わかる場所から覚えて�*ださい。ゆっ�*りと勉�*して覚えてゆきましょう。

南木