動物愛護事業は一番有意義な事業だ

kaichen

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21 Jun 2012
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私は子供の頃から、動物に厚い同情心を持つ。成長の過 程で、信念と価値観が何度も変わったが、私は動物に愛 と同情心が全然変わらない。私は今到頭、動物を守る事 が本当の有意義な事だと分かった。

以下は若干の質問に自分の答えと、自分の大体の動物愛 護思想だ。

何故動物を守らなければ成らないのか。

動物は人間同然で、知覚と感じを持って、苦痛と幸せを 体験する事が出来る。

人間は苦痛が好きではなくて、動物も苦痛が好きではな い。これは動物を守る十分な理由だ。

何故「植物愛護」を主張しないのか。

植物には大脳と神経がないから、苦痛と幸せを含む知覚が全然ない。

だから、道徳の立場に立って、植物を愛護する必要はな い。

何故「蚊愛護」を主張しないのか。

人間含む全体の脊椎動物には高級な神経系と強い知覚が 有る。然し、昆虫の様な大多数の無脊椎動物は低級な神 経系だけを持って、知覚がとても弱い。

あの無脊椎動物の感じと知覚はとても弱いから、「蚊愛 護」と「壁蝨愛護」と言わない。

動物は互いを殺すのに、何故人間は動物を殺しては行け ないのか。

動物は低い知能だけを持って、行為で別の個体に苦痛を 持って来る事を分からないのから、動物は別の動物と人 間を殺す事を非難しては行けない。三、四歳の子供一人 が人を殺せば、非難しては行けないのは子供が何も知ら ないからだ(沢山の動物が三、四歳の子供と同じ知能を 持って、動物が三、四歳の子供の様だ)。

然し、大人は知能が高くて、行為で別の個体に苦痛を持 って来る事を知っている。知りつつするのは明らかな非 道だ。

何故弱肉強食と言う自然の法則に従わないのか。

自然の法則は弱肉強食だが、人間の道徳は弱肉強食では ない。然もなければ、弱い人を助ける必要はない。

弱い者を守らなければ成らない。自然の法則は残虐だが 、人間の道徳は善良だ。人間は残虐と戦う可きで、殺害 を阻止する可きであって、殺害しては行けない。

何故動物を心配するが、人間を心配しないのか。

当今の人間の生活はとても良い。大多数の所謂弱い人、 貧しい人はちょっと難しい生活か余り良くない生活に過ぎない。そして、社会は弱い人に援 助と機会を与えている(社会が発展するのに従って、その援助と機会の増加は絶えない)。

それに対して、私は動物の状態にもっと同情心がある― ―少なくとも、貧しい人は殺されないと虐待されない。 然し、動物を残虐に殺害すれば、殺害した犯人を処罰す る法律もない。今、動物愛護は万事より緊急だ。

それ以外に、人間は善悪の差別があるが、全部の動物は 子供同然で可愛い(沢山の動物は子供と知能を持って、 全部の子供は可愛い)。

当今の大金持ちと権力者は強い力量を持つが、何時も贅 沢な生活と詰まらない信念に力量を浪費する。私は力量 を持ちたくて、力量を使って、動物愛護事業に最大の貢 献をしたい。

頑張ろう。
 
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