なんともう7月! 7月といえば七夕。 俺の通っていた小学校では毎年七夕の頃になるとクラス対抗の七夕飾りコンテストというのがありました。
各クラスに一本ずつ巨大な笹竹が供給されまして、児童1人1人が願い事を短冊に書いて吊るすだけでなく、色紙や画用紙で色々な飾りを作って付けて、どのクラスの笹飾りが一番きれいかを競うというものでした。 低学年のちびっ子たちが作る物なんてやはりたかが知れてまして、よくある七夕飾りなんですけども(色紙を輪にして繋いだやつとか)、中・高学年になると色々と手の込んだ事をし始めるわけですよw まずは放課後に「特別学級会議」みたいなものが開かれます。 議題、「七夕飾り」。 テーマを決めたりしてました。 当時は日本の歌謡界がかなり熱かった時期でして、学校の学科外のプロジェクトでも何かにつけて人気の歌謡曲、歌手を採り上げてました。 学級新聞を作るとかって言う事になれば「明星」や「平凡」といった芸能雑誌から引用したアイドル歌手のインタビューだとか、その手の雑誌に必ず付いてきた歌本から切り抜いたヒット曲の歌詞をそのまま貼り付けたりw そして七夕飾りも例外ではありませんでした。
テーマはズバリ「音楽」で行こうという事になりました。 これを提案したのは確か荒井君で、「ラジカセで音楽を流す」というアイデアがクラスに支持された結果だったと思う。クラス一のお調子者だった俺はそれなりにみんなの(特に男子生徒のあいだで)信望も厚く、仲の良かった荒井君と二人で「七夕飾り委員」みたいなのに選ばれまして、この後の七夕関係の学級会議の司会進行も任されました。 画用紙でオーケストラの楽器を作ってそれを吊るす、みたいな案が採用されてました。 荒井君と俺にとって一番重要だったのはどんな音楽を流すのかということでした、もちろん。 これはかなり難しい作業でした。 最終的にはクラス全体にアンケートをとって、上位何曲かを選ぶみたいな形になったんですが。
当時俺たちのグループの中で流行っていたのが山口百恵の「ロックンロールウィドウ」。 「モテいためのロックンローラー/あなた動機が不純なんだわ」と始まり、「いい加減にして/あたしあなたのママじゃない!」という凄みを利かせたキメのラインがなんともカッコイイ 阿木耀子/宇崎竜童 コンビによる一曲。 バックのブラスやギターもかなりハードで、数ある阿木/宇崎のロック路線の曲の中でも一番ストレートにロックしていました。 俺たちもこの歌、そして百恵ちゃんの今まで以上にクールな歌唱に圧倒され、ロックのロの字もわからないくせに、「やっぱりロックを歌わせたら百恵が一番」みたいなわけのわからない事を言ってましたw
アンケートの結果、曲名は忘れたけど当時大ブレーク中のオフコースの歌や、谷村新司の「昴」、クリスタルキングの「大都会」、何故か八代亜紀の「雨の慕情」なんてのも入っていた気がする。 俺が集めた組織票で無事「ロックンロールウィドウ」も選ばれましたが、学級委員だった工藤って言う女が「七夕は伝統的な行事なので、あまり激しい感じの曲を流すのはよくないと思います」みたいないかにも工藤が言いそうな事を言い出したりもしましたが、直ちに男子からブーイングを食らって却下。
父が取引先の酒屋の大学生の息子さんから貰ってきてくれたラジカセが使われる事になり、後は音源を調達するばかり。 「ロックンロールウィドウ」は俺をはじめ何人かがレコードを持っていたのでOK。 その他の歌もほとんどは誰かがレコードもってたのでそれを持ってきてもらって俺の兄が持っていたステレオでテープにダビングしました。 レコードがなかった物はテレビの前にラジカセを置いて歌番組とかから直接録音したりしました。 電話が鳴ったり両親が部屋に入ってきたりで台無しに... なんてのはよ く あるパターンですが、案の定そんなのも何回かあったと思います。 ネットからダウンロードなんて出来なかった当時はみんなこれはやってましたよね? 「宇宙戦艦ヤマト」だ好きだった俺は金曜ロードショーか何かで放映された時にラジカセで音だけ録音して聴いていたこともありました。
で、肝心のコンテストはって言うと、放課後に先生方や父兄のみなさんが校庭に飾られた七夕飾りを見て回って投票(多分w)して最優秀賞だとか、アイデア賞だとかが決められるわけですが、わがクラスは結局何ももらえなかったと思います。 画用紙に楽器の絵を描いて切り抜いてあるだけ...とかそんな程度の物だったからなぁ。 缶 詰の空き缶に色紙を張って太鼓に見立てたのをいくつ も 作 っ て持ってきた子がいたけど、「それ絶対に親が手 伝 っ てるだろ!」とか思ってたw まぁ、低学年の ク ラ ス になるとほとんど親御さんや担任の先生方がやって た んだけどね。 賞には関係なく生徒全員にノートか何かが配られてました。
その年、短冊になんて書いたのかもうよく覚えてないけど、荒井君と俺は確か「ロックンロールウィドウになりたい」とか意味のわからない事を書いてたような気がするw
なんであの歌でそんなに盛り上がってたのかなぁ。 それまで特に百恵ちゃんファンとかって訳でもなかったのに。
当時は一学年6クラスあった我が母校も今では一学年1 ク ラスになってしまったそう。 俺たちのときは校庭の 塀 沿いにずらぁ~っと並んだ七夕の笹飾りも今やったらたったの6本なのね(泣)。
各クラスに一本ずつ巨大な笹竹が供給されまして、児童1人1人が願い事を短冊に書いて吊るすだけでなく、色紙や画用紙で色々な飾りを作って付けて、どのクラスの笹飾りが一番きれいかを競うというものでした。 低学年のちびっ子たちが作る物なんてやはりたかが知れてまして、よくある七夕飾りなんですけども(色紙を輪にして繋いだやつとか)、中・高学年になると色々と手の込んだ事をし始めるわけですよw まずは放課後に「特別学級会議」みたいなものが開かれます。 議題、「七夕飾り」。 テーマを決めたりしてました。 当時は日本の歌謡界がかなり熱かった時期でして、学校の学科外のプロジェクトでも何かにつけて人気の歌謡曲、歌手を採り上げてました。 学級新聞を作るとかって言う事になれば「明星」や「平凡」といった芸能雑誌から引用したアイドル歌手のインタビューだとか、その手の雑誌に必ず付いてきた歌本から切り抜いたヒット曲の歌詞をそのまま貼り付けたりw そして七夕飾りも例外ではありませんでした。
テーマはズバリ「音楽」で行こうという事になりました。 これを提案したのは確か荒井君で、「ラジカセで音楽を流す」というアイデアがクラスに支持された結果だったと思う。クラス一のお調子者だった俺はそれなりにみんなの(特に男子生徒のあいだで)信望も厚く、仲の良かった荒井君と二人で「七夕飾り委員」みたいなのに選ばれまして、この後の七夕関係の学級会議の司会進行も任されました。 画用紙でオーケストラの楽器を作ってそれを吊るす、みたいな案が採用されてました。 荒井君と俺にとって一番重要だったのはどんな音楽を流すのかということでした、もちろん。 これはかなり難しい作業でした。 最終的にはクラス全体にアンケートをとって、上位何曲かを選ぶみたいな形になったんですが。
当時俺たちのグループの中で流行っていたのが山口百恵の「ロックンロールウィドウ」。 「モテいためのロックンローラー/あなた動機が不純なんだわ」と始まり、「いい加減にして/あたしあなたのママじゃない!」という凄みを利かせたキメのラインがなんともカッコイイ 阿木耀子/宇崎竜童 コンビによる一曲。 バックのブラスやギターもかなりハードで、数ある阿木/宇崎のロック路線の曲の中でも一番ストレートにロックしていました。 俺たちもこの歌、そして百恵ちゃんの今まで以上にクールな歌唱に圧倒され、ロックのロの字もわからないくせに、「やっぱりロックを歌わせたら百恵が一番」みたいなわけのわからない事を言ってましたw
アンケートの結果、曲名は忘れたけど当時大ブレーク中のオフコースの歌や、谷村新司の「昴」、クリスタルキングの「大都会」、何故か八代亜紀の「雨の慕情」なんてのも入っていた気がする。 俺が集めた組織票で無事「ロックンロールウィドウ」も選ばれましたが、学級委員だった工藤って言う女が「七夕は伝統的な行事なので、あまり激しい感じの曲を流すのはよくないと思います」みたいないかにも工藤が言いそうな事を言い出したりもしましたが、直ちに男子からブーイングを食らって却下。
父が取引先の酒屋の大学生の息子さんから貰ってきてくれたラジカセが使われる事になり、後は音源を調達するばかり。 「ロックンロールウィドウ」は俺をはじめ何人かがレコードを持っていたのでOK。 その他の歌もほとんどは誰かがレコードもってたのでそれを持ってきてもらって俺の兄が持っていたステレオでテープにダビングしました。 レコードがなかった物はテレビの前にラジカセを置いて歌番組とかから直接録音したりしました。 電話が鳴ったり両親が部屋に入ってきたりで台無しに... なんてのはよ く あるパターンですが、案の定そんなのも何回かあったと思います。 ネットからダウンロードなんて出来なかった当時はみんなこれはやってましたよね? 「宇宙戦艦ヤマト」だ好きだった俺は金曜ロードショーか何かで放映された時にラジカセで音だけ録音して聴いていたこともありました。
で、肝心のコンテストはって言うと、放課後に先生方や父兄のみなさんが校庭に飾られた七夕飾りを見て回って投票(多分w)して最優秀賞だとか、アイデア賞だとかが決められるわけですが、わがクラスは結局何ももらえなかったと思います。 画用紙に楽器の絵を描いて切り抜いてあるだけ...とかそんな程度の物だったからなぁ。 缶 詰の空き缶に色紙を張って太鼓に見立てたのをいくつ も 作 っ て持ってきた子がいたけど、「それ絶対に親が手 伝 っ てるだろ!」とか思ってたw まぁ、低学年の ク ラ ス になるとほとんど親御さんや担任の先生方がやって た んだけどね。 賞には関係なく生徒全員にノートか何かが配られてました。
その年、短冊になんて書いたのかもうよく覚えてないけど、荒井君と俺は確か「ロックンロールウィドウになりたい」とか意味のわからない事を書いてたような気がするw
なんであの歌でそんなに盛り上がってたのかなぁ。 それまで特に百恵ちゃんファンとかって訳でもなかったのに。
当時は一学年6クラスあった我が母校も今では一学年1 ク ラスになってしまったそう。 俺たちのときは校庭の 塀 沿いにずらぁ~っと並んだ七夕の笹飾りも今やったらたったの6本なのね(泣)。