みなさん、こんにちは。南木です。
タイトルは「七夕」ですが、現代の日本人がどのように古来からの伝統を受け継いでいるのかについて皆さんに知ってもらえるスレッドになるとうれしいですね。というわけで、七夕から外れてしまう話もありますが、レスをお返ししたいと思います。
短冊に願い事を書いて笹に飾るというのは学校行事以外ではやったことなくて
七夕は日本でも有名な伝統的行事ですが、実際にお家で七夕の飾りを行う人は少ないと思います。わたしも子供時代に2~3回行っただけですし、知人や友人では家で飾り付けを行う人はまったくいませんでした。クリスマスの飾りつけが多くの家庭で行われているのとは、対照的ですね。たとえばお正月や節分・ひな祭り・端午の節句・お盆などの行事は、商業施設でも関連商品が大々的に売り出されるので、家で飾り付けを行ったり特別な食事をすることがどの家庭でもよくあると思います。でも七夕の場合、まず笹が売られていませんし、街中でも自生していませんし、飾り付けの小物も自分で作らないといけないなど、他の伝統行事に比べてはるかに扱いが小さいですよね。おそらく商業的には、クリスマスやバレンタイン、それにハロウィンの方が大々的に取り扱われているかと思います。
日本の漫画やアニメでは、季節感を出すためにこうした伝統行事やイベントを話の中に盛り込むことがよくありますが、七夕を扱った話は少ないですよね。夏の話題といえば、ほとんどは「海」「プール」「夏祭り」「花火大会」「合宿」「宿題」などがメインで、七夕を扱った話は少ないと思います。このあたりにも、七夕の取り扱いの小ささが表れていますよね。
こちらの地方では代わりにナスに割り箸の足ととうもろこしのひげの尻尾をつけた馬を作って縁側に置いた台に飾る、という風習を子供の頃はやってました。
ナスやきゅうりを動物に見立てるのは、お盆の風習ですね。お盆と七夕が結びついて、一つの風習になっているのだと思います。実は七夕の飾り付けを行っていた我が家ですが、お盆の風習だけは我が家にありませんでした。おそらく七夕よりお盆の行事を行う家庭の方が多いでしょうから、その点では我が家はかなり変わっていると思います。ちなみに父方は一族の傍系であるため(本家ではないため)、また母方は一族の本家でしたが事業の失敗で墓以外残っているものがないため、それぞれお盆を我が家で祝うことをしていませんでした。
私は大きな祭り事でもあるかと思っていましたが、そうでもなさそうですね。ま、商店街が集客の目当てとしてやっていることを除いてですね 。
残念ながら、七夕は日本の伝統行事の中でも小さな扱いです。地域によっては、地元の祭りや商店街の催し物と合わせる事で大きく祝う地域もあると思いますが、残念ながらクリスマスやバレンタインほどの大きなイベントにはなりません。というより、クリスマスやバレンタインは大きすぎ? 少なくとも、七夕や節分よりクリスマスの方が大きな扱いだと思います。
国立天文台が「伝統的七夕」の日付を旧暦から起算しているそうで、今年の「伝統的七夕」は8月24日だそうです。
八月の下旬になるんですね! 我が家では、一ヶ月遅れの8月7日に七夕を祝っていました。特に旧暦の日にちを意識したことはなく、単純に昔から我が家では8月7日が七夕だったようです。ちなみに8月24日は、地蔵盆を祝う地域がわたしの周りでは多いです。地蔵盆は関西地方を中心に行われている祭りで、地域のお地蔵様を地元の人が提灯の飾り付けやお菓子などのお供え物で祭ります。もともとお地蔵様は地蔵菩薩という仏様で、この地蔵様の命日が旧暦の7月24日だったことから、新暦の8月24日にお地蔵様を祭る風習が出来上がりました。
日本では道端に小さな祠(ほこら)があったり、祠もなしに石の仏像だけが一体だけ置かれていることがよくあるのですが、この祠や仏像が祭っているのがお地蔵様です。おそらく日本人なら知らない人はいないだろうというくらい、とても有名な仏様です。このお地蔵様は子供の守り神として、年配の女性の方から多くの信仰を集めています。そして子供の守り神ということでお供え物にはお菓子が多く、このお菓子は後で子供たちに配られたりします。わたしが地蔵盆を覚えているのも、子供時代にお菓子をもらった記憶があるからですね。逆に言えば、お菓子をもらった以外の記憶はありません。
クリスマスツリーはキリスト教起源ではなかったんですねぇ。おもしろい。まあお盆も仏教起源ではないという 説もありますからね。
クリスマスは一般的にキリストの降誕祭ということになっていますが、もともとはヨーロッパの土着宗教の祝祭日をキリスト教普及のために取り込んだのが元になっています。だからクリスマスは、本当はキリスト教とは関係がありません。お盆も仏教行事ということになっていますが、もともと仏教には「ご先祖様」という概念はなく、これも日本に昔からある土着信仰と仏教が混ざって現在の「お盆」になっています。だからお盆も、もともとは仏教と関係がありません。
ちなみに仏教では、人は死ぬと新しく生まれ変わるという「輪廻転生」が信じられており、決して先祖霊となって守ってくれたり、背後霊となって祟ってくれたり? はしませんのでご安心を。なおお盆の元となっているのは、人は死ぬと山の神になるという古来の自然崇拝から来ています。まだ墓のなかった時代、日本人は死ぬと死体を山に捨てていました。そして山の神になると信じられていました。そしてお盆や正月は、山から神様(ご先祖様)が下りてきて各家庭でおもてなしをする日だったという訳です。
山の神というのは、村単位もしくは家族単位の「ご先祖様」を集合的に一柱の神としたもので、亡くなった特定の個人を神格化したものではありません。ですので今でも日本人は「ご先祖様が見守ってくださる」と考えますが、「亡くなったおじいちゃんが見守ってくださる」という風には考えません。両親であれ祖父母であれ、亡くなった人はすべて「ご先祖様」として一つに考えられます。こうした「ご先祖様」の考え方は氏神信仰として残っていますし、墓が出来てからは「灰塚」とか「○○家の墓」という風に墓石に刻むことで伝わっています。日本人の墓石に個人の名前を刻まないのは、こうした「ご先祖様」信仰がまだ生きている証です。
日本全体も宗教から離れているのではと私は思っていますが、違いますでしょうか。
日本人は宗教色が薄いので、他の国の人から見ると宗教から離れているように見えると思います。例えばキリスト教圏の人で、イエス・キリストの名前を知らない人はいないと思います。でも日本人の中には、日本神道の最高神の名前を知らない人はたくさんいます。また自分の家が仏教のどの宗派なのかを知らない人も、たくさんいます。これが現在の日本人なのですが、でも決して宗教と無縁という訳ではありません。それは先ほどの「ご先祖様」の信仰を理解してもらえるとわかりやすいと思います。
基本的に日本人が信じる神様は、名もない「山の神」なのであって、神道の神様の名前を知らなかったり、自分の仏教の宗派を知らなくても問題はないからです。このことは「困ったときの神頼み」でもよくわかります。日本人は困ったことがあると神様に助けを求めて祈りますが、具体的にどの神様という風に名前を出して祈るわけではありません。助けてくれる神様ならば、誰でもいいからです。つまり自分を助けてくれる神様が神様であって、助けさえしてくれれば神様でも仏様でもご先祖様でも何でもいいからです。つまり漠然とした抽象的な「神」が日本人の心の中にあり、神道の神様や仏教の仏様はその名もない神にあとから理由をつけて名前を与えた存在に過ぎないというわけです。
日本人は正月に神社にお参りに行きますが、その神社にどの神様が祭られているのか多くの人は知りませんし、気にもしません。家に仏壇や神棚のない家庭もたくさんありますが、なくても多くの人は気にしませんし、新しく買おうともしません。そういった形式的なことには無頓着な日本人ですが、困ったことがあれば神頼みをしますし、願掛けなども良く行いますし、何かあればいろいろなものに手を合わせて拝みますし、因果応報を真剣に信じていますし、それ以上に朝のテレビ番組の「今日の運勢」を信仰しています。そういう意味では、日本人は非常に宗教心と信仰に篤い民族です。ただし形式的な宗教や伝統からは、離れていっているかもしれませんね。
南木