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Hiroshi Kajiwara - anybody know about him?

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collector
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Hi,

I have an autograph by Hiroshi Kajiwara (1956).
Does anyone know about this piano player?

http://www.rubylane.com/shops/curioshop/item/col2150

This photo was made in Wien.

Thank you!
 

thomas

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There's not a lot of info to be found on Hiroshi Kajiwara. It seems he was teaching piano in Germany during the 50s and 60s.

Hiroshi Kajiwara (梶原完, 1924-1989), pianist​



kajiwara-hiroshi.jpg


Kajiwara in 1947.

kajiwara-in-concert.jpg


Kajiwara in concert.

Hayasaka’s Piano Concerto was written between November 1946 and 5th May 1948, and had its première in Tokyo on 22nd June of the same year, with the soloist Hiroshi Kajiwara and Toho Symphony Orchestra (today’s Tokyo Symphony Orchestra) under Masashi Ueda.


This is where he lodged in Vienna in 1955:

kajiwara-wien.jpg


 博多の切手即売会で孤高のピアニスト・梶原完(ひろし)の直筆書簡を掘り出しました。アベノスタンプ大阪さんがはるばる持参してくださった実逓便の中に紛れ込んでいました。フランクフルトでのリサイタルが決まった云々の記述があることでピンときて、詳細不明のままとりあえず買い押さえました。オーストリアのウィーン1955.3.21差し出しです。
 外貨が自由に取引できなかった時代です。航空券の手配等を日本交通公社さんにお願いされていたのでしょうか?
 ググった限りでは以下しか判明しませんでした。後日、専門機関で詳しく調査します。

 「敗戦翌年の春、彗星のごとく楽壇デビューを果たした21歳の梶原完は、そのまま全国での精力的な演奏活動を展開、「ルビンシュタインのような」という評価まで得る。だがその8年後、1年間の予定でヨーロッパ留学に旅立った彼は、彼の地でもさらにめざましい活動を展開しながら、再び祖国に戻らなかった・・・。」

The Japanese text mentions that he was 21 years old in the year of the defeat (1945), so Kajiwara must have been born in 1924.

Kajiwara in 1955:

kajiwara-article.jpg


He performed at the Marburger Konzertverein Marburg on 10 Nov 1957:

10.11.57: Sonderkonzert im Rahmen der "Japan-Woche": Hiroshi Kajiwara, Klavier, Michiko Tanaka, Gesang23.11.57Rheinische Philharmonie KoblenzLeitung:GMD Dr. E. CremerSolist:Wolfgang Schneiderhan, ViolineBeethoven:Leonoren-Ouverture IIIBeethoven:Violinkonzert D-Dur op.61Beethoven:Sinfonie Nr.1 C-Dur op.21


He performed at Musikvereinssaal on 21 Jan 1964:


According to The Times, he performed at Wigmore Hall in London on 23 March 1968:

kajiwara-london.jpg


The following title is listed at the National Diet Library ("Hiroshi Kajiwara, ein Japanischer Pianist von Internationalem Rang"):

kajiwara-title.jpg



孤高のピアニスト梶原完 : その閃光と謎の軌跡を追って
久保田慶一 著

詳細情報​

タイトル 孤高のピアニスト梶原完 : その閃光と謎の軌跡を追って
著者 久保田慶一 著
著者標目 久保田, 慶一, 1955-
出版地(国名コード) JP
出版地東京
出版社ショパン
出版年月日等 2004.10
大きさ、容量等 411p ; 20cm
注記 肖像あり
注記 文献あり
注記 年譜あり
ISBN 488364183X
価格 1900円
JP番号 20673086
別タイトル Hiroshi Kajiwara ein Japanischer Pianist von Internationalem Rang
出版年(W3CDTF) 2004
件名(キーワード)梶原, 完, 1924-1989
NDLC KD262
NDC(9版)762.1 : 音楽史.各国の音楽
対象利用者 一般
資料の種別 図書
言語(ISO639-2形式)jpn : 日本語


戦前・戦中に日本で教育を受け、ヨーロッパの檜舞台で活躍した、初めてのピアニストが梶原 完です。純国産ピアニストとして世界に飛び出し、そして挑戦をし続けた人でもあります。

梶原 完のレパートリーを見ると、現代の技巧派の若手と、そう違いはありません。ラフマニノフの3番やプロコフィエフの3番、ブラームスの2番のコンチェルト、「ペトルーシュカ」のような超難曲・・・

戦後の荒廃した東京の日比谷公会堂で梶原 完のピアノは、いったいどのように人々の心に響いたのでしょうか?

自分の生涯を賭けて単身ヨーロッパに渡った梶原 完・・・

当時のヨーロッパの人々は、敗戦国である極東の国から来た、梶原 完の演奏をどのように捉えたのでしょうか?

「日本人にもピアノが弾けるのか?」「日本人にベートーヴェン、ショパンが弾けるのか?」

多くの偏見もあったことと思います。現在とは異なり、日本人が達者にピアノを弾きこなすという事実だけで、ヨーロッパの人々は驚嘆したのかもしれません。

梶原氏が当時ヨーロッパの一流のピアニストを聴いて、ショックを受けた可能性はあります。でも、彼はピアニストとして自信をもっていなければならなかった・・・

「通用しませんでした」・・・と日本に帰るわけにはいかなかった・・・

現在の日本で梶原 完というピアニストを知っている人は、どれくらい存在するのでしょう?もしかしたら日本では忘れられた存在のピアニストなのかもしれません。

時が過ぎ、日本が豊かになっていって、国際コンクールに入賞・優勝する日本人の若手が台頭するようになっていきます。それと同時に、梶原氏のヨーロッパでの演奏も減っていきます。

梶原 完という人は、いや、彼に限らず、当時の日本人ピアニスト、開拓者としての役割を担ったピアニストたちは、ピアノ、そして音楽というものに、どれくらい憑りつかれていたのだろう・・・そう考える時に、なんだか僕の胸は熱くなってきます。

梶原氏は日本に帰国することはありませんでした。「日本には戻らないのですか?」と人から言われると、彼はこのように答えたそうです。

「もう僕のことなんて誰も覚えていないよ・・・」

単身ヨーロッパに渡り、現地の人々に「日本人にもピアノが弾ける・・・」という印象を植え付けた梶原 完。多くの日本人がヨーロッパに渡り、留学やコンクールでの上位入賞ということも、当たり前のことのようになっていきます。その幕を開けたピアニストが梶原 完です。扉を開いたのが梶原 完です。

もう少し彼の功績が知られてもいいような気がします。

もうかなり前のことになりますが、ウィーンのムジークフェラインザール、そこで演奏会を聴いた時に、かつて、このホールで弾き喝采を浴びた梶原 完という日本人のことを思い、同じ日本人としてなんだか胸が熱く、そして苦しくなったのを覚えています。

Source: ピアニスト・・・梶原 完 - ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

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kajiwara-signature.jpg


Signed photo found here.

It seems Kajiwara worked as piano teacher in Siegen:

Bernard Wacheux started his career in Germany where he taught violin at “Siegen, MusikSchule”, formed a duo with pianist Hiroshi Kajiwara.


He was a pupil of Schnabel and died in 1989.

Beim Studium der Wiederveröffentlichung von Czernys „Über den richtigen Vortrag der sämtlichen Beethovenschen Klavierwerke „ der Universal Edition von 1963 tauchen wir jedoch ein in eine faszinierende und spannende Klavierspielpraxis, wie sie in den 1950er und 1960er Jahren nur noch von Enkelschülern Schnabels, wie z.B. dem 1989 verstorbenen japanischen Virtuosen Hiroshi Kajiwara live gepflegt wurde.

 

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Thanks again!

Actually, it has been sold!
The buyer is from Germany and was a student of Hiroshi Kajiwara.

:) Friedrich
 

Iron Chef

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Very cool. I was unfamiliar with the name until I saw it in this thread and proceeded to search around the web for more info. Glad to hear the buyer was an original student of the man himself :cool:
 
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